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人類の知的遺産 61 タゴール

講談社のシリーズものです<人類の知的遺産。
1981年発行なので、Amazonでも手に入らないようです。
# 図書館で借りました
詩人ロビンドロナト・タゴールの生涯がかなり詳しく書いてます。

初っ端の章が「タゴールの思想」となっていて、哲学的な話でかなり難解なので、そこでちょっと凹むのですが、その後の生涯や詩の部分はすらすら読めます。

面白かったのは、タゴール家の出自のお話。もともとはカーストでも上のバラモンの家系だったようです。先祖代々住んでいたバングラデシュのジョショール地方は、ベンガル人が大量にイスラム教徒に改宗し、タゴール家はイスラム教徒との社交に深入りしすぎた、ということで、他のバラモン家の人々から、「堕落したバラモンだ」として異端視され、低く見られていたとか。

ロビンドロナトの6代前の祖先であるポンチャンノン・クシャリが、新天地を求めてカルカッタへ出ていって活躍するようになったのも、そういう背景があったようです。当時その辺りはカーストでも低い漁師が多く、「神」という意味の「タクル」と呼ばれて尊敬されるようになった。別の本によると、さながら日本でいう「旦那〜♪」といった感じだとか (あんまり尊敬っぽく聞こえないけど)。それでいつのまにか、姓が「クシャリ」から「タクル」に変わったとのこと。この「タクル」がイギリス人に伝わって「タゴール」となったらしいんですが、ベンガル人は今でも「タクル」と言ってますね。

ロビンドロナトのお祖父さんは経済的に大成功し、お父さんはその資産を食いつぶすくらい宗教活動に熱心に打ち込んで、それなりに有名な人なんですが、そんな裕福な家庭に生まれたロビンドロナトも、幼年期は勉学に苦労したようです。学校はどこも落ちこぼれて卒業することなく、留学したロンドンでも4ヶ月のみ。西洋式の教育に不適応だったらしいです。芸術化肌に合わなかったんでしょう。それでいてサンスクリット語と文学に精通するようになるんだから、すごいもんです。だからこそ、経営的には苦しくても、自らの理想とする教育を実現するために学校を設立し、それはタゴール国際大学の設立へと発展します。

余談ですが、この大学の芸術学部は「コラ・ボボン (Kola Bhaban)」と言って、字義どおりには「バナナの館」のはず。ダッカ大学にもコラ・ボボンがあって、「なんじゃ、変な名前やな」と思ったんですが、このパクリなんでしょうか。

他にも、ガンジーやその他の著名人との交流や、すごい数の外国旅行などありますが、タゴールについて知りたい人にとってはお勧めの本です。図書館へどうぞ。

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